311が今年も過ぎたので、少し、原子力発電について書いてみようと思います。
2011年3月11日の翌日、地震がなければ、私は元々京都に旅行に予定でした。実際は地震があり、私は何が何でも京都旅行をますます断行しようと考えました。理由としては、①関西で物資の調達、②当時化学工場で火災が起こっており、そういった事故施設から発せられるであろう関東の汚染から逃れたかったからでした。しかし、電車はマヒし、中央自動車道も長野での地震で封鎖。京都行は諦めて東京の家に引きこもるしかありませんでした。(スーパーは3月14日辺りから品不足になりましたが、案外12日、13日は普通にいろいろ物を売ってました。)

そういった訳で、私にとっても関東の化学工場の事故は結構な恐怖だったのです。そして、原発についての事故も報道されるようになり、情報収集に躍起になりました。私も怖かったのですよ。世間ではガイガーカウンターやホットスポットという言葉が流行し、私の周囲でも当時の取引先の会社の1つは本社機能を関西に移転するといったこともありました。

さて、我が国は原発とどう向き合うかといことについて、考えてみました。
我が国に限らず、原発には賛成派、反対派がいるわけでして、論点を整理したいと思います。

【賛成派】
・化石燃料依存では、ロシアやアラブ圏のような資源大国と関係が悪化した際に、エネルギーの安定供給ができない。
・ソーラーは日照の不安定、風力は騒音、地熱は掘削で環境汚染など、自然エネルギーの発電方法にデメリットがあり、そちらにすぐに全振りできない。
 ・昨今のエネルギー供給事情の不安定さから、電気料金は上がる傾向にあり、家計にも産業にも大ダメージであり、原発の再稼働で補填したい。
・何もない地域の産業として非常に魅力的。

【反対派】
・311の福島のように事故があった訳で、事故があったときの健康や生活への影響が計り知れず、特に自分の家の近所にあった場合、事故の可能性を考えると受け入れがたい。
・今回のロシア-ウクライナ戦争において原発がターゲットにされており、戦争に巻き込まれた際の標的となりうる。


細かいことを述べるときりがないですが、ざっくりとした論点って、上記のとおりだと思います。日本国の発展のために合理的に考えると賛成したほうがアドバンテージが圧倒的に大きいでしょう。ただ、時々反対派の中の人が賛成派の人に「原子力が安全であるならば、東京や大阪などの都市圏、お前の家の近所に原発誘致しろよ」と暴論を吐く人がいるわけですが、ある意味で正論でもあって、これにまともに反論した賛成派は、石原元都知事が「完璧な管理技術を前提とすれば、東京湾に立派な原子力発電所を作ってもよいと思っている」と言った以外ではあまり聞いたことがないです。原発賛成派は、この点について逃げずに論じていただきたいとは思います。


そして、私はどちらなのかというと、リスクリターンを考えると、あまり強くは言えないのですが、「人口の少ない地域にて、原発を稼働してほしい」というのが、正直なところです。凄いエゴですが、私は「電気代が上がってほしくない、東京住まいを楽しみたい」と思っております。

自然エネルギーの代替はすぐには無理ですし、特にソーラーは安定してエネルギー確保ができません。化石エネルギーも資源供給の不安定さが近年如実に出てきています。どちらも電気代高騰という問題を抱えています。よって、都民の現状の財布を守るには原子力発電の稼働が一番手っ取り早いです。そういった意味では、弱者や貧困に苦しんでいる人から支持を集めている共産党が、原発反対を訴えるのは、あまり理にかなってはいないとも思います。原発を強く反対している人には、電気代を割り増しで払ってくださいよと言いたくなります。マジで。

ただ、何かあったときのリスクというのは計り知れないものがあり、現状のように東京などの都市圏から離れた位置で稼働してもらうのが適切だと思います。311があってしまった以上、事故は起きうることを前提として議論されるべきでしょう。そして、従来でもそういった取り決めで進められてきた訳ですが、原発関連施設が稼働している地域では事故があったときの保障をよりしっかりすることが必要でしょう。自動車事故を起こすと自動車保険の保険料の変動があるように、つまるところ、何かあったときの補償額の増加や補償対象の審査のハードル下げは行われるべきですね。

また、事実上、都市は地方にリスクを強いている部分はあるわけで、何か事故が発生した場合は、その電気を利用している地域から補償金をかき集めるのが筋だと言えます。ときおり東京では、地方にお金を取られていると不満の人がいますが、東京は東京の利益だけを見るべきでもなく、何かあったときに、他の地域と相互に助け合う形は必要でしょう。少なくとも政治家と都市住民のうち賛成と強く叫ぶ方々は、地方に誠心誠意頭を下げる必要はあると思います。


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ところで、人口減で財政的に苦しい自治体は少なくありません。そういった自治体にとっては「山奥の1軒のために、自治体が多額の税金を費やしてまでインフラを整備するのか問題」は悩みどころです。ひとつの解決策としては、人口の多い場所に引っ越しを促す、「コンパクトシティ」といわれる構想があります。行政運営においては非常に合理的ではあります。原発の稼働に合わせ、万が一を想定して、原発近隣の住民移動を事前に促すのもひとつの手だとは思います。

ただ、コンパクトシティには問題があるのです。一次産業従事者、先祖代々の土地を守ることをアイデンティティにしている人、高齢者にとっては受け入れがたいのです。農業や林業などの一次産業は土地に依存している部分が大きく、街中に引っ越しさせられたら、仕事ができません。また、転職しようにも一次産業から街中の産業へのキャリア転換はハードルが高いでしょう。別の土地で農業を再開するにしても、気候が違うとなると試行錯誤のコストも発生します。ただ、生計さえ成り立つならば、補償で交渉する余地はあるかもしれません。一方で土地に愛着がある人や高齢者においては、金銭の問題だけでなく、お気持ちの問題も出てくるので、対話すら難しいかもしれません。何十年も愛着をもって接してきた物を手放せと言われる気持ちは、筆舌に尽くしがたいものがあるハズです。

うちの高齢の両親は青森県に生まれてずっと住んでいるわけですが、六ヶ所再処理工場で何かあったら、土地を手放さなければならないのかもと悲観しています。六ケ所村は、この施設のおかげで青森県内の他の地域と比較すると圧倒的に潤っており、青森県の財政にも貢献し、間接的にはうちの両親が受けている公共サービスにも貢献はしているのでしょう。人口減により2040年には消滅する可能性がある市町村が8割と言われている青森県ですが、原子力産業がないと財政の寿命はより縮まりますので、青森県民にとって恩恵があります。ただ、うちの両親にとってすれば、あくまでも税を介した間接的恩恵なのであって、直接の利益関係者ではありません。万が一の事故のせいで土地を追われるならば、金銭的補償が仮にあっても、精神的に割に合わないの実態です。

福島で事故が起こった後も、双葉町の住民の一部は故郷に帰りたがっているわけですし、住民の土地に対する愛着は軽視できないものがあります。震災復興ボランティアで福島を追われ、山形に退避した方々と触れ合う機会はありましたが、彼らと接してみて、相当な無念さを感じました。

コンパクトシティの話は、あくまでもついでに書いてしまいましたが、原子力関連施設の有無に限らず、これはこれで地方行政には議論が必要な課題です。人口減で自治体にお金がないので、インフラ整備ができません。インフラが不備の状態でお住まい続けるか、人口密集地にお引っ越しいただくか、自治体に無い袖を振らせて破産させるか、住民は残酷な選択を必ず突き付けられます。


なお、エネルギー政策に関する本音の理想をいえば、海外依存の石油火力でもなく、不安定な自然エネルギーでもなく、リスクの高い原子力でもなく、日本近海のメタンハイドレード採掘をいち早く現実化した、メタンをベースにした(水素)エネルギーを量産できる状態が一番だと思います。すぐに実用化は無理でしょうから、あくまでも理想論ですがね。