これは、今現在、私が何かの組織のトップに立っていないからこそ、自由に言える話です。そして、これを書いていて、自分は最低な性格をしているとも思います。支援者は守られるべき存在なのかということです。

オリンピックの開催推進または反対で、ネット上では様々な意見が飛び交っています。5月上旬時点では、中止もしくは再延期を求める声が合わせて7割以上になるとのこと。強いて言えば、私は昨年からうっすらとした再延期派です。他の娯楽を強制停止させられている中でオリンピックだけ開催というのは筋に合わないですし、今年仮に開催しても観光業への経済効果が全く見込めないでしょうから、来年以降に延期して観光業活性の新たなる目標にするのがベターだと思っております。まあ、私はダイエットして基礎疾患持ちから脱却したのでコロナに対する恐怖は並み程度、オリンピックが開催しようとしまいと自分の収入に影響なし、スポーツは元々全く関心なしなので、再延期派といっても、あくまでも強いて言えばの話であって、正直なところ、開催・延期・中止いずれにしても、ご勝手にどうぞといったスタンスです。

そんな中で今話題になっているのは、「池江選手に対する過剰な批判」です。池江氏は、白血病を患いながらも努力をして選手に内定しました。ある意味で、お涙頂戴で開催派のシンボル的存在になっていました。そんな池江選手に対して、選手を辞退しろとのクレームの声が多数届いて、炎上騒ぎとなっております。この炎上で、池江選手かわいそう、池江選手を批判するのは筋違いだという声が大きくなってきました。





以前、JOCのトップである森氏が炎上発言を皮切りに倒されました。しかし、JOCは後継を据えて、今なお開催に向けて粛々と活動をしています。トップや政治家が一人倒される程度では、オリンピックは中止にならないようです。この調子では、国政与党の自民党や小池都政に、オリンピック開催中止を訴えたところで、開催に向けての活動を継続することでしょう。(小池都知事なら都議選対策で中止を訴えることもしそうですが)


池江選手へ否定派の方がアプローチするのは、お気持ちしては私も賛同しかねる部分はありますが、戦術としてはひとつのやり方ではあると思います。戦争において、戦いは最前線だけではありません。補給経路や後方支援を断つという戦い方もあります。後方支援者といえば、選手、ボランティア、スポンサー、聖火リレー参加者などのステークホルダーですね。

池江選手は、開催派世論形成という後方支援に担ぎ上げられた存在となってしまいました。放置すると、そこを皮切りに開催する機運が高まってしまうでしょうから、中止派の中のタカ派からすれば、叩きたくなるのも無理もない話です。結果的に言えば、「病気という弱者属性を持ちながらも努力をした罪なき選手」が攻撃を受けたという話になるので、池江選手を担ぎ上げた開催派が一枚上手でした。

そして、私は勝手に想像するのです。池江選手自身もメディアに担ぎ上げられたときは、決して嫌な気分ではなかったと、むしろ誇らしい気分であったと。ごめんなさい、邪推が過ぎました。でも、選手に選ばれた以上、自分が活躍できるオリンピックが無事開催してほしいと思うのは的外れな邪推ではないと思います。主義主張の強弱はともかく、開催における判断の権限はともかく、担ぎ上げられたとはいえ、それを払しょくする努力をしなければ、立場的には立派な開催派の勢力なのです。



キンブリー01

キンブリー02

そうですか?相手を倒した時「当たった!よし!」と自分の腕前に自惚れ、仕事に達成感を感じる瞬間が少しでも無いと言いきれますか?狙撃手さん。

~『鋼の錬金術師15巻』より引用 ゾルフ・J・キンブリー~




一部の保守系政治家は、池江選手に抗議するのは筋違いだ、政治家相手に抗議してくれと言っております。ただ、判断権限の無い立場とはいえ、勢力下の人間は、無制限に守られるべき存在なのかというのは考えておくべき問題ではないでしょうか。


例えば、ブラック企業は何故存在するのかという話。確かに横暴な経営者がいるのが根本的な問題ではありますが、従業員がその条件を吞み込んで働き続けているから、ブラック企業は維持され続けます。問題のある政治家は、何故政治家でいられるのか。支援する人、対抗馬に投票しなかった人がいたからです。太平洋戦争は何故起きたのか。軍部の暴走が主たる原因ですし、政府の統制下にある教育機関やマスコミがそれに乗じたのも原因ではありますが、初期に勝っていたとき国民は喜んでいたでしょう。


全て、上の責任という訳では無く、配下の人、支援者、関係者も責任がないとは言い切れないところがあります。暴力で選択の自由が奪われていない限りにおいて、自らの責任や主体性は放棄してはなりません。もちろん、だからといって上に立つ人も、過度に配下の人に甘んじてはなりませんし、むしろ守ろうと努めるべきですけどもね。