「自助、共助、公助」が叫ばれる昨今ですが、最近、政治に関心の高い知人が、「頑張れない人をどう救ったらいいのか」と悩んでいるようでした。「何を頑張るのか」という話ですが、今回は仕事および仕事に関する学習を指すものとします。

ぶっちゃけ言えば、個人の知り合いの範囲であれば、「頑張っていようがいまいが、好きなら助ける」し「頑張っていようがいまいが、嫌いなら助けない」で良いのです。ただ、政治になると話は違ってきます。公助という観点からすれば、嫌いなヤツにも制度上助けなければならず、好き嫌いの観点では線引きできません。そういった意味では、学術会議任命拒否問題とかいろいろありますが、与党議員は、熱心な与党批判者(実質的な敵)にも建前上公平なサービスを与えなければならないという懐の広さが求められますね。

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さて、話を戻しましょう。「頑張れない人をどう救ったらいいのか」を具体的にすれば、①と②のバランスをどう取るべきなのかという話になってきます。

①累進課税をアップさせて金持ちから税金を沢山取って貧民にばらまく「頑張っている人が報われない社会」いわゆる「弱者に優しい社会」・・・うまくいけば、ブラック労働が減り、庶民的で暮らしやすい社会が到来するでしょう。また、上級国民様が減り、彼らと見比べて嫉妬をする必要もありません。状況が悪化すると、日本でビジネスしようとする経営者や人を雇おうとする会社が減り、超就職氷河期が訪れるでしょう。日本の国際競争力が下がるため、円に対する信用も落ち、輸入品は高くなります。

②社会全体が発展するために福祉よりも経済政策を重視する「頑張らない人が置き去りにされる社会」いわゆる「努力する人にチャンスがある社会」・・・うまくいけば、高度人材の活躍により、画期的な技術や商品が巷に溢れ国は豊かになります。状況が悪化すると、行き過ぎた資本主義社会となり、激しい競争社会になります。貧富の差、学歴・スキル格差が大きく広がるでしょう。這い上がれなくなった人や何らかの事情で頑張れなくなった人は、ブラックな環境でも妥協して就職したり、金持ちに対する嫉妬が溜まり犯罪に走ったりするかもしれません。


①に偏りすぎてもダメだろうし、②に偏りすぎてもダメ。バランスを取るための論点のひとつが、この「弱者をどう救うのか?」なのです。弱者でも自助で自ら這い上がろうとする人はそのまま這いあがって頂けばよいのでしょうが、ここでさらに厄介なのは、自ら頑張れない人。

【1】そもそも何故頑張らなければいけないのか?
自助の精神に基づき、「働かざる者食うべからず」「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」という考え方が広く浸透しているからでしょう。頑張っている人が払った税金が見ず知らずの頑張らない人を助けたところで、頑張っている人からすれば面白くはないですから。

そして、頑張るというのをどのレベルまでの努力と捉えるかは難しいところですが、最低限としては自分の食い扶持は自分で稼ぐ程度の努力であり、中央値としては、前年比よりは収入なりスキルレベルなりが少し上向きになるを目指すのが妥当だと思われます。少し上を目指す理由としては、前年と同じことを毎年続けていると、時代の変化に対応できずやがては詰むからです。
まあ、中には遊ぶように仕事をして、頑張っているという感覚が無い人もいますが、それはレアケースですし、自助ができているということで、頑張っている方にカテゴライズさせて頂きます。


【2】何故頑張れないのか?
大まかに分ければ、次のようになります。
・病気、怪我、メンタル悪化、障害がある等の健康事情
・出産、育児、介護、看病、問題となっている家族がいる等の家庭事情
・就職、転職市場で中々自身の価値が見いだされず、消沈
・収入の少ない仕事や企業にしか縁がなく、自活できない
・仕事で成果が出せず、または人間関係が良くなくて、やる気がなくなった
・社会や業務が高度化し過ぎて、自分にはかじりつくのが無理だと悟った
・勉強が苦手すぎて、学歴競争で生き残れなかった
・頑張るのが格好悪いという人達に囲まれている
・身体にガタが来て、若いときのように頑張る気力が沸かない
・気楽な独り身で守るべきものがないので、別に頑張りたいと思わない
・何となくだるい
・働ける人が働けばいいんじゃない?という思想
・頑張らなくても生きていける(貯えがある、年金がある、支援をしてくれる人がいる)

きりがないのでこの辺で留めますが、頑張れない理由は考えれば無数にあり、周囲から手を差し伸べなければ詰んでいる同情に値する人もいれば、どうしようもないクズまでグラデーションがあります。逆にいうと、頑張れている人というのは、これらの問題を全てとは言わずとも概ねクリアしている訳で、運が良いというか、結構奇跡的な訳です。こうしてみると成功者に成功の秘訣は何なのかと質問すると「運が良かったからです」と答える人は少なくありませんが、あながち謙遜しているだけではないと思われます。

また賛否両論がありそうな「身体にガタが来て、若いときのように頑張る気力が沸かない」についても高齢化社会において馬鹿にできない話です。特に労働年齢が広がるにも関わらず、終身雇用制度が崩壊し、一度や二度は職業人生の危機に見舞われる中、この問題にぶつかった場合はかなりのダメージになります。貴方は75歳を過ぎて、全く新しいデバイスの操作方法を覚えたいですか?老眼の状態で、沢山の専門書を読み続ける根性はありますか?最新の芸能情報、カラオケの新曲、若者の流行をわくわくした気持ちでキャッチし続けることができますか?


【3】対策があるとすれば
私の思いつきの対策は以下のとおりです。

・安楽死の制度化
この項目で書くと「役に立たない人はこの世から消えろ」と誤解されそうになりますが、あくまでも本人に生きる意志そのものが無い場合に限ります。また、病気とかでどうしようもない人限定とか、本人の意思確認の徹底とかの制度設計は重要です。もちろん、理想となるのは生きていたいと思える社会の実現なのでしょうがね。

・這い上がりたい人には機会を与える
職業訓練校の充実、未経験者採用の奨励金制度など。人生失敗しても何とか這い上がりたい人には機会を与えられる社会こそ理想ではないでしょうか?

・やる気のない人には低コストながら最低限度の生活だけは保障する
やる気のない人には、家賃無料を謳い文句にして、人口減少が問題となっている地方への移住政策が妥当だと思われます。地方の余っている空き家の解消になります。また、家賃が無い分生活費を抑えられますので、生活保護やらベーシックインカムで現金配布するにしても少ない金額で済むでしょう。ただ、移住先が山奥などの過疎地だとコミュニティ意識が強くないと生きていけないので、そこそこのコミュ障でも大丈夫な地方都市あたりが妥当だと思われます。



・ヤる気そのものの復活
人間の三大欲求は、睡眠欲、食欲、性欲と言われています。このうちで、経済活動に影響を与えるのは、食欲と性欲でしょう。見栄を張って、金をガンガン使うという意味では性欲の方かもですね。美容外科を安く利用できるようになる等、自分でもヤレると欲望を刺激できるような政策があれば、やる気が出てくるのではないでしょうか?
また、食欲、性欲に限らず、自分はできる満たされると思う自己肯定感は大事です。現在、社会が高度化、複雑化し過ぎていて、どこにも噛り付けないのではないか、噛り付ける職があってもブラック労働ではないかと思ってしまうことでしょう。イメージが世間に浸透していないけど実は良い仕事を紹介したり、"YES,WE CAN"と思わせるように職業体験の奨励をしたりするなど、職安の努力や雇用の制度設計の見直しも必要なのかもしれません。

・アンチエイジング医療支援
高齢化問題はいやおうなしに迫ってくるのであって、老化は否定しがたい頑張れない理由のひとつです。アンチエイジング医療を発達させて老化と真っ向勝負させるというのがひとつの対策だと思います。もしくは予防医療の社会的普及促進もひとつの手でしょうね。





"努力は必ずしも報われないが、成功している人は努力している"。
お金持ちになる人は、努力したからというより、リスクを取ったからという部分は大きいです。リスクを取った上で、そのギャンブルの成功率を上げるために人間どこかのタイミングで努力をするのです。私腹を肥やしていようと企業経営者は倒産すれば借金まみれ、一方地道に仕事をしているリーマンは無収入になるだけとリスクが違います。努力をしただけではお金持ちにはなれません。


そして最後に言っておきます。努力の方向が仕事なのかは別として、よほどのクズでない限り、人間何かしらには努力はしているのだと思います。