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戦争アニメ映画『火垂るの墓』などはその典型ですが、見る年齢によって違った感情に見舞われる作品というのはありますね。子どものときは主人公兄妹に感情移入し、二十歳を過ぎたあたりからは居候先の女性の気持ち、もう少し歳を取ると誰が悪いというより戦争や時代が悪いというような感情に襲われるといった感じです。

そして、最近すごく思うのは、昔はただ笑い流していた『魔法陣グルグル』のこの四コマについて、侮れんなということ。




仕事においては、後輩育成やら組織内人材育成やらが、重要なことだというのは言わずもがなでしょう。これに加え、最近の私はプライベートにおいても人を鍛えることの重要性を意識しています。

例えば、何かしらのイベントを開くとき、個人一人の力量では限界があり、規模とクオリティを重視する場合、仲間に助力を求める必要があります。居酒屋飲み会なら、幹事一人でできないこともないですが、BBQ やドッキリ誕生パーティーそして結婚式などでは仲間の育成度合いが露骨に現れます。金で解決できる部分も確かに少なくはないのですが、チーム全体での総合的発想力、オペレーション力、モチベーションコントロール、ち密な部分のクオリティは雲泥の差です。

あとは急遽、NPOなりボランティア団体などで社会的活動をしたい、副業を始めたい、劇団を作りたい、政治家に立候補したいとか、そういった有事の動きの際に仲間の育成は如実に影響するでしょう。

なお、これに付随してもう一つ考えるべきポイントは、どこまでが「自分の」仲間なのかということです。育てている仲間とやらが、「自分の仲間」なのか「援軍」なのかは、ある程度見極めた方が良いでしょう。



こうした軍隊(外国の援軍)は、それ自体は、役に立ち、有能なものなのですが、呼び寄せた側にとっては、いつでも不利益をもたらします。というのは、負ければ破滅し、勝てば勝ったで、支援軍の捕囚となるからです。
(中略)
外国からの援軍は全員団結しており、他の君主に忠誠を尽します。しかし傭兵を使うのであれば、彼らは勝利したときにも、その君主を害するには、時間もかかり良い機会にも恵まれなければなりません。傭兵は全員が一つの団体をなしているのではなく、君主に見出され、給金をもらっているのです。その指揮官になった第三者が、直ちにその君主を害するだけの権力を持つことはありえません。結論を言えば、もっとも危険なのは、傭兵では卑怯さですが、外国の援軍では勇猛さです。
(中略)
だから、賢明な君主はいつもこうした軍隊を避け、自国軍に頼ってきました。自国軍以外の軍隊で勝利するより、自国軍で敗北するほうがましだと思い、他国の軍隊で得た勝利は真の勝利だとはみなさないのです。だから、私の結論では、自分の兵力を持たなければ、いかなる君主国も安全ではなく、逆境のときにその国を防衛しようという豪胆さがなければ、ただただ運まかせということになります。自らの強さに基かない名声や権力ほど不確実で不安定なものはない、というのが賢者の意見や判断です。

マキャベリ『君主論』第13章 外国からの援軍、混成軍、自国軍について


政治で言えば、前回の都議補選の公明党に全面的に支援をもらった自民党、共産党の支援をもらった立憲民主党のように、援軍の力で逃げ切っている状態では一番大事な次の本選で勝てません。これは、この例に挙げた自民や立憲だけでなく、党の力に頼っている別の政党の候補者も同じようなもので、党の力で集まった人はまだまだ借り物であり、自前で用意した後援会というか、個人の味方を作っていかなければならないでしょう。若干政治臭い話になってしまいましたが、仲間とは何かを考えることは結構大事です。

また、別に鍛えるといっても、一般人のプライベートにおいて、そんなに肩ひじを張って、教育プログラムを実行するとかそういったレベルじゃなくても良いのですよ。それにあくまでも部下ではなく、仲間なのですから、上から下に与えるといったものでもありません。次の3点だけで充分。(でも、それが怠惰な一般人にとってみれば非常にハードルが高いけど)

・いろいろな経験を一緒にする
・簡単な頼み事を主体的にしてもらう
・頼み事を引き受けてもらったら感謝の意を示す