5月6日までだったはずの緊急事態宣言が延長に向かおうとする今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。新型コロナの影響で、人生停滞が続いている人は多いし、場合によってはどん底に突き落とされた人も少なくないと思います。

この新型コロナはいつ終焉するのかと問われれば、緊急事態宣言が解除されるまでではなく、ワクチンができて全世界に普及されるまでというのが多分一般的な答えになるでしょう。星回りとか占い師的に意味で聞かれるならば、むやみな風説の流布はしたくないので明確には答えるつもりはなく、しばらく土星等の惑星が逆行を繰り返し同じようなホロスコープチャートを形成しているので、しばらくとしか言いようがありません。

さてそんな絶望の時代の過ごし方についてですが、過去に何度か取り上げた本『夜と霧』から引用しましょう。
なお、『夜と霧』という本は、第二次世界大戦中、アウシュビッツ強制収容所(ユダヤ人の毒ガス大量虐殺)に収容された精神科医フランクル氏の体験記です。




「先生、話があるんです。最近、おかしな夢をみましてね。声がして、こう言うんですよ。なんでも願いがあれば願いなさい、知りたいことがあるなら、なんでも答えるって。わたしがなんとたずねたと思います?わたしにとって戦いはいつ終わるか知りたい、と言ったんです。先生、『わたしにとって』というのはどういう意味かわかりますか。つまり、この苦しみはいつ終わるかってことなんです」

 わたしは、いつその夢をみたんですか、とたずねた。
「一九四五年二月」と、彼は答えた(そのときは五月の初めだった)。
 それで夢の声はなんて言ったんですか、とわたしはたたみかけた。相手は意味ありげにささやいた。
「五月三十日・・・・・・」

 このFという名の仲間は、わたしに夢の話をしたとき、まだ充分に希望をもち、夢が正夢だと信じていた。ところが、夢のお告げの日が近づくのに、収容所に入ってくる軍事情報によると、戦況が五月中にわたしたちを解放する見込みはどんどん薄れていった。すると、五月二十九日、Fは突然高熱を発して倒れた。そして五月三十日、戦いと苦しみが「彼にとって」終わるであろうとお告げが言った日に、Fは重篤な譫妄状態におちいり、意識を失った・・・五月三十一日、Fは死んだ。死因は発疹チフスだった。

(中略)

この収容所は一九四四年のクリスマスと一九四五年の新年のあいだの週に、かつてないほど大量の死者を出したのだ。これは、医長の見解によると、過酷さを増した労働条件からも、悪化した食糧事情からも、季節の変化からも、あるいは新たにひろまった伝染性の疾患からも説明がつかない。

むしろこの大量死の原因は、多くの被収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりの素朴な希望にすがっていたことに求められる、というのだ。クリスマスの季節が近づいても、収容所の新聞はいっこうに元気の出るような記事を載せないので、被収容者たちは一般的な落胆と失望にうちひしがれたのであり、それが抵抗力におよぼす危険な作用が、この時期の大量死となってあらわれたのだ。

『夜と霧』第二段階 収容所生活 教育者スピノザ
 


上記のとおり、安易で自分勝手に希望を持つというのは、非常に危険なのです。希望というものは、自分でコントロールできる範囲において持つべきものなのです。低燃費で淡々とやり過ごすしかありません。





今がかろうじて食いつなげているのであれば、転職をするなど、必要以上の変化を求めるのは極めて悪手です。転職すると試用期間なるものが存在し、その期間が終わると会社都合で契約を満了にしてしまうことが許されてしまう訳です。自分から進んで不安定な立場に身をさらすに等しい行為といえるでしょう。逆に食い繋げられないのであるならば、会社都合解雇にでもしてもらい、失業保険や様々な給付金制度でしばらく持ちこたえつつ、流通業界など人手が足りていないところに何としてでも潜り込むしかないでしょう。


その他に言えることといえば、以下のような感じでしょうか。
・オンライン飲み会などで、これまで培ってきた絆を強固にする。(コミュニティの帰属による精神の安定)
・状況は極めて流動的であることを肝に銘じ、ひとつの最適解に固執しない。(PCR検査数を増やした方が良いか否かの議論などは、治療薬の開発度合いや医療体制などフェーズによって最適解は異なる)
・政治の勉強をする。(まともな政治家複数名のSNS発信情報をフォローするだけでも、世の中の流れや争点は結構勉強になる。複数名にしないと染まってしまうので注意)
・植物を育てる訓練をする。(最悪のシナリオのひとつは、世界各国の食糧の輸出制限に伴う深刻な食糧不足です)
・変な宗教に騙されない。似非科学の健康法に騙されない。公の助成サービスを受ける際は本物かどうか一度は役所のウェブサイトを確認する。

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