この度の台風19号は凄かったです。前日までの関東直撃という報道を聞いて、地方に疎開する人も多数いらっしゃったと思います。そして、東京では100年以上に渡る治水の努力によって被害が最小限に食い止められた一方、地方では甚大な被害が出てしまいました。疎開した人の中には東京へ戻れないというケースも出ている模様です。お気の毒にと思う一方で、ヴィクトール・E・フランクル著『夜と霧』という本を思い出すのです。

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著者フランクルは、ユダヤ人の精神科医で、ナチスドイツによって毒ガスのあるアウシュビッツ収容所に送られました。ガス室送りをかろうじて免れた彼でしたが、現在の施設に留まってキツイ肉体労働を続けるか、医者としての仕事を与えられる別の施設へ行くか(医者の仕事は建前で本当はもっとキツイ肉体労働があてがわれる可能性がとても高い)の選択を迫られます。安パイなのは前者のようにも見えますが、彼は医者としての尊厳を守りたいと騙されるのを覚悟の上で後者を選択します。
 
結果的には、移送先の施設で本当に病人看護の仕事が与えられました。そして、前者の施設ではその後飢餓が酷くなり、人肉食も起こったほどだったとのことです。これを聞いたフランクルは「テヘランの死神」という話が脳裏をよぎります。


裕福で力のあるペルシア人が、召使いをしたがえて屋敷の庭をそぞろ歩いていた。すると、ふいに召使いが泣き出した。なんでも、今しがた死神とばったり出くわして脅されたと言うのだ。召使いは、すがるようにして主人に頼んだ、いちばん足の速い馬をおあたえください、それに乗って、テヘランまで逃げていこうと思います、今日の夕方までにテヘランにたどりつきたいと存じます。主人は召使いに馬をあたえ、召使いは一瀉千里に駆けていった。
館に入ろうとすると、今度は主人が死神に会った。主人は死神に言った。
「なぜわたしの召使いを驚かしたのだ、恐がらせたのだ」
すると、死神は言った。
「驚かしてなどいない。恐がらせたなどとんでもない。驚いたのはこっちだ。あの男にここで会うなんて。やつとは今夜、テヘランで会うことになっているのに」


安全を求めてテヘランに逃げたのに、それが却って仇になってそこで危険が待ち構えていることを示す寓話ですね。今回の台風でも東京が危険だと思って疎開したら却って被害に巻き込まれた、避難所に逃げ込んだら劣悪な環境であり自宅に戻った等の話がちらほら聞かれます。

だからと言って、逃げるなと言いたい訳ではありません。自宅が水没する可能性だってあったでしょうし、もう少し台風の進路が東側だったら荒川は氾濫し、東京は壊滅的だったでしょう。疎開するのも合理的な判断だったと言えます。

未来の詳細は占い師でもよく分からんですし、報道でもケースバイケース過ぎて「命を守る行動を」という非常にざっくりとした指示しか出せませんでした。最善の行動なんてものは、現場で自分で判断するしかないし、その判断が合理的か否かに関わらず結果が必ずしも伴うものでもありません。

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ただ、ひとつだけ言えるのは、もしフランクルが移送先で超キツイ肉体労働を課せられ死ぬとしても、死ぬ直前に騙されたと後悔しても、医者としての尊厳を守り切ったという点においては後悔しないのかもしれないと思います。合理的に判断がつかない、どっちに転んでも恨みっこなしという状況であるならば、尊厳を守る選択というのは悪く無いのかもしれません。