脱社畜サロンっぽい画像


最近、インフルエンサーを自称する三名が、「脱社畜サロン」というオンラインサロンを開設して炎上しております。三名のうち、正田氏については私は全く存じ上げなかったのですが、イケダハヤト氏、はあちゅう氏については3年ぐらい前までは、それなりに尊敬して、本を買ってみたり、ブログを始めてみるなど多少は影響を受けておりました。ただ、やがて彼らのTwitter等の発言のうち、腑に落ちないことが増えてきて、Twitterフォローも外すほどになった次第です。最近は私がフォローしている有名人がやたらと彼らを祭り上げているので、フォローしていないのに何故か彼らの情報が目につくようになりましたが、信頼を失っているのだということだけは伝わりました。

脱社畜サロンを例にして、信頼を得るにはどうすればいいかについて考えてみたいと思います。

【1】実績を積み上げること
初めて会った人を信頼するか否かは、実績がモノをいう場合が多々あります。

そもそも今回の炎上騒ぎの発端は、サロン管理者の一人、正田氏の経歴に詐称があるのではという疑いから始まっています。その真偽については知りませんが、経歴というか実績はサロン管理者として神格化(仏閣化?)する上で必要だった訳です。それくらい、経歴や実績というのは信頼の根幹ともなりえます。

そういえばですが、今でこそ、イケダハヤト氏は「社畜であるならば、副業を始めろ」という論調に変わってきましたが、つい先日までは「学校や会社なんかすぐに辞めて、ブロガーになれ」と力説しておりました。何のスキルも実績もない状態で、フリーランスになるって結構地獄なんですよね。一応、学校も会社もスキルと実績を与えてくれる場所ではありますが、その恩恵に全く預かれないまま白紙状態で世の中に出ると、「最初の実績を作る仕事」を中々やらせてもらえないのですよ。非プロフェッショナルが入手できる範囲の情報だけでブログを書いていくのは結構しんどいものがあります。



【2】人物としてのストーリー性を裏切らないこと
信頼というのは、「相手がこういう状況だったら、こんな行動を起こすだろう」という予測の立てやすさ、良くも悪くもマンネリさと密接な関係があります。例えば、SF作家が、急に恋愛を主軸にした小説を書き始めるとしても、読者はどこかSF風を期待するというものです。その作家の小説ではなく、その作家そのもののストーリー性を維持することは、信頼に繋がります。

とはいえ、世の中には沢山の思想家や物書きがおりますが、長い人生、世の中の変遷とともに考え方が変わることも多々あります。「転向」という言葉が存在するほど、それは珍しくないことです。もちろん、転向するということは、一定の信頼を失うことにも繋がります。

例えば、イケハヤ氏の場合は、かつてはことあるごとに「ブログ書け」と主張してきましたし、「すぐには結果はでないけど、コツコツ記事を書いていくことが大事」とも言ってきました。問題なのはここ数ケ月、「ブログはオワコン」と宣言して自身のブログの売却をほのめかすなど、手の平返しをし、自ら築き上げてきたストーリーを破壊していることです。時代の変化と将来の拡張性を信じてYoutuberへの転向を試みているのは、一理ありますが、「オワコン」とあえて宣言して切り捨てるその態度は美しくありません。彼に触発されていつか大物ブロガーになることに憧れ、ブログをコツコツ現在書いている人からすれば、残念に思うことでしょう。

理詰めでいえば、イケハヤ氏は特に誰かと約束する訳でもなく、ネット上で誰に対して言っているのか分からない呟きをしていただけであり、それを真に受けて一般ブロガーの人が勝手にトライし始めたという構図になります。損害賠償の対象とはなりづらいでしょうが、信頼は確実に崩壊します。

ついでに、はあちゅう氏も、過激な恋愛経験の暴露、性体験の少ない人への辛口コメント等を貫くキャラクターとして認知されていましたが、MeToo運動で自分は性的被害者であることを主張したのはストーリー性とは非常に相性が悪かった。被害者であることは、それはそれで認められるべきことはあるけれども、はあちゅうというキャラクターの維持という観点から見れば、それは完全な悪手であるのは明確だったのです。



【3】必要以上の敵を作らない
インフルエンサーに関わらず、人気商売というのは、一部の強固なファンを作り、そこからお布施を貰うことにあります。アンチを量産しても、ファンがしっかりいるならば何とかやっていけるのです。寧ろ、アンチがいるからこそ、ファンが結束してより強固な信頼を築けることもあるでしょう。そういった意味では、日和見主義の温い主張をするだけのやり方よりも、炎上商法による味方づくりの方が一理あります。

今回のサロン炎上での問題なのは、イケハヤ氏がサロン追放という形で「正田氏の経歴に疑問を呈する発言」をしたユーザーを仮想敵に仕立て上げてしまったことにもあります。お店で迷惑な客がいたら出禁にするのは店の管理者の務めではありますが、この客は迷惑な客だと他の客の空気感ができる前に浄化をしてしまったことが失策でしょう。結束させるどころか、イエスマン以外求めない暴君として無用な恐怖を与える存在と認識されてしまい、信頼を失わせる結果となってしまいました。

今回の件に限らず、平時でもイケハヤ氏は、会社員や東京都民をdisることで、アンチを増やし、理解者の結束を固めてきましたが、アンチを増やし過ぎた結果、反論する勢力が増強されすぎてしまい、かえって、自らを委縮させてしまっているようにも見えます。アンチが多いと、ちょっとしたミスやゴシップも過剰に大きく取り上げられて、周囲の人達が牙をむいてくるので、やはり過剰に敵を作るものではありません。





ただ、イケハヤ氏の良くも悪くも新しいものに全力でトライする部分だけは、今でも唯一尊敬できるところだと思っております。元プロ占い師という怪しい肩書を持つ私から言わせると、確かに「好きなことで生きていく一匹狼」では限界がきている時代に既に入っているので、徒党を組んだり、方針を変えることそのものは、そんなに間違ったやり方ではないのですよね。

あとはまあ、「会社員やりながら副業」という論調に変わったのも、個人的には高評価。私も一時期、自営してましたけど、大変でしたもの。「失敗を恐れない」というのは、失敗しても安定した基軸があるからこそできるのですよ。