最近になって、カリスマブロガー・イケダハヤト氏を叩く勢いが強まっているように感じています。その一番の標的となっているのは、日頃「大学・会社辞めてブロガーやれよ」と煽った矢先で「2〜3ヶ月前にブログを始めた層が、ぼちぼち挫折してくる頃かな〜。ブログ一本で稼ぐ道は、99%の人は脱落するんで大丈夫です。」との梯子外し発言です。彼を信じて、ブロガーの道を歩み始めた人達に対して、あまりにも「無責任」な態度といえるでしょう。

まだ消耗


私、昔占い師やっていたときに、よくある相談のひとつが「転職相談」です。今の職場が嫌だと嘆いている人は沢山いました。私の場合は、占いの結果留まるべきか辞めるべきかイーブンの場合、「どちらかといえば今は無理に転職しない方がいい」という言い方をします。カムバック採用(一度離職した人が再度同じ会社に雇用する採用)はそんなに世間的に認められているものでもありませんので、失った立場を取りもどすのは厳しいです。辞めた後、変えた後の「責任」なんて私は取れないもの。なので、私だったら、7割以上の確率で「今は留まるべき」と言います。とはいえ、現状維持の認知バイアスがかかっている可能性もあるので、何も考えずに「現状維持すべき」とも言わないのですがね。

ちなみに、個人的には大学は卒業した方が良い派で、海外に出て自由を求める働き方をするならば、大学卒業の資格「学士」の有無は就労ビザの発給に関わることも珍しくないです。あとは、転職サイトを利用して一定レベル以上の企業にエントリーする場合は、大卒の資格がないと申し込めないこともあります。自分は一生これがやりたいという鋼の決意で進路を決めていなければ、金銭問題が無い限り、単純に将来の可能性を増やすという意味で、F欄大学であっても卒業すべきですね。理系の学部でない限り、大学生は時間的余裕があるので、その傍らで、起業なりブログ執筆なりダブルスクールなりすればいいのでは無いでしょうか?


ところで、「責任」という言葉を何度か使いましたが、大学って、いや学校って、学生に対して責任があるようで無いこともあります。

以前、私と同世代の大学講師と軽い議論をしたことがあります。「女子大学生へ“妊活のススメ” 卵子の老化と妊娠適齢期 若いうちからライフプラン」というニュースを読んだ講師は、次のような反応をしました。



大学の教育活動と切り離して、自由参加のセミナーのような形式ならまだ良いとしても、これを授業の一環として行うのは、いかがなものか。
知識の提供の範囲を越えて、妊娠適齢期に出産する方向に誘導している(いわば教化)ような印象を受ける。出産・育児は、社会環境にも大きく依存する反面、子どもを持つかどうか、それをいつにするかといった点は、個々人の自己決定に属する問題である。


人権を専門領域とする彼の言いたいことは、分からんでもないのです。それに学生のことを真剣に考えている彼の講師としてのスタンスは、敬意を払います。私はこれに対して、以下のように返してみました。



個人の自由意識について言及するのであれば、学生には、授業に強制参加させられたとしても、それを心情的に受け入れない自由はあるとは思う。
端的にいえば、18歳以上の文字通り"イイオトナ"ではあるわけで、教えられた心情が拒否したいかどうかぐらいは判断はできるだろう。まあ授業による影響力は0とは断言はできないものの、仮にそれに従おうとした場合だって、急に体調をくずしたり、パートナーに恵まれなかったり様々な理由で子どもを作れないことだって多々ある。教えを守らなかったことに対して、大学はペナルティを課すことも保障をすることもない。


学校は現役学生には教育として、身分保証として、社会秩序を乱したり、迷惑行為したりをする学生に注意喚起をするなど、純粋な学術知識以外の部分でも指導をしています。ただ、生き方そのものに関しては、全く保証してくれないのですよ。実際、同窓会運営のためにOB・OGに連絡しようにも、住所もメアドも最新のものを追いかけることはしないのですから、個々の元学生の今には、寄付金くれないかなぁという淡い期待以外、興味がありません。そういう意味では、学校に対して生き方の「責任」を期待するというのも、ありえない考えです。もちろん、企業だってリストラするときはしますので、企業に対しても生き方の責任を押し付けることはできません。


「学校は学校を教える」とは言ったもので、幼少期の教育では学校は確かに大きなインパクトを与え、その責任は決して小さくはないです。しかし、大人の貴方の生き方に対しては、イケハヤ氏も占い師も学校も企業も、自分以外の誰も責任を取ってくれません。(厳密に言えば法的には2022年から)18歳は実質、イイオトナであるわけです。自分の脳みそを使って行動しないといけません。

だからといってイケハヤ氏のように「無責任な態度」を取るというのも考え物ですけどもね。新規分野のパイオニアとして失敗を重ねながら研究をしているところ、確かに「コツコツ」とブログを執筆し続けている継続性は、社会的に意義のある存在だとは思いますが、私であれば何もかにも投げ捨ててついていきたい人だとは思えないな・・・。