先日、女優からお誘いを受けて、ミュージカル『Spelling Bee』を観に行きました。正直いうと、あらすじを読んだだけでは全くそそらなかったにも関わらず、実際に見てみると意外と面白く、曲も耳に残り病みつきになりました。

特にハマったのは「Goodbye」という曲。
「Spellig Bee」は米国学生のお勉強大会みたいなもので、学生が一人ずつマイクの前に立ち、司会者から出題される問題に一問一答していく形式。回答し正解した学生はマイクを離れ、次の学生にローテーション。回答にミスした学生は即失格となり、退場します。そしてこの曲は、退場者が出る度に、残っている学生参加者達が、見送りの歌として毎回歌います。


 
聞いてみると分かると思いますが、さよならの曲であるにも関わらず、明るくハイテンションなのです。ライバルが脱落したという喜びの気持ち、この大会のために努力してきたライバルをねぎらう気持ち、そしてまたマイクの前に立たなければならないプレッシャーに抗おうとする気持ち。それらを全部ひっくるめた上で明るく歌うのは、中々深いものがあります。


ところで、この歌はミュージカルの中だから許されるといった側面も否めません。甲子園で土をかき集めている球児の後ろで、この曲を歌うとブーイングものでしょうからね。さよなら、つまり終わりというのは中々に無情なものです。ただ、終わりというのは救済でもあるのですよ。人間、終わりがあるから頑張れるとも言えるし、終わりが無いから頑張れるとも言えます。

絶望的な学生生活を送っている人は、卒業を指折り数えます。ブラック企業でデスマ真っ最中の人は転職こそが希望です。Spelling Bee参加者もミスして終わらなければ、いつまでも極度の緊張感に晒されます。

その一方で、人間は自分の寿命が分からないからこそ、先を見越しての行動を取り、一定以上の努力を続けるわけです。Spelling Bee参加者も、自分がどこまで勝ち残れるのか分からないからこそ、自分が優勝できる可能性も織り込んだ上で大会に参加できるのです。

沢山いた参加者の中で、優勝者はただ一人。普通の人も努力してきた人もどこかのタイミングでさよならを言われます。どんなに頑張ったって、不意打ちでさよならを言われます。悔しくてその場に泣き崩れてしまうと、ローテーションは、ミュージカルは止まってしまう。明るく見送られるうちに、さっさと退場してしまうのが気持ちの良い選択なのかもしれません。


ちなみにこれ、会社を辞めるときも同様です。会社がどよーんとした雰囲気に包まれた倒産直前に辞めると、送別会を開いてもらえないだけでなく、給料や退職金が支払われるのかも危ういでしょう。本気で最後の最後まで粘るつもりで無ければ、中途半端にしがみつくよりも、明るく和気あいあいとしたタイミングで辞める方が気持ち良いです。