この1か月で、次のようなイベントに参加して、普通じゃない人の生き方について探究してみました。


「異端」の哲学 -常識への挑戦と社会の牽引- 平成29年度 東京大学五月祭 特別企画
  by東大ドリームネット
第4回 N P O全世代フォーラム 若者は『日本の不定芽』か?
  by N P O全世代
人生ハードモードの人に贈るトークイベント「雇用の前にあるもの」
  by浅草橋ブレッドボード



今回の記事では、特に3番目のイベントを基軸に、考えたことをまとめてみたいと思います。

まず、そもそも普通と一言に言っても、それは何を意味するのでしょうか?
平均収入?平均学力?平均年齢?非LGBT?健常者?顔のパーツのバランス?日本国籍?長いものに巻かれて行動できる日本人的とされる人格?

よく「普通の人でいいから結婚したい」という話を聞きますが、究極的な普通を求めるのであれば、上記の全てを満たす必要があります。仮に一つの項目につき80%の人が該当するとすれば、その7乗だと20%を切りますね。本当に突き詰めて考えるならば、普通という条件を満たす生き方は特権階級なのです。

社会人と雇用の前にあるもの


そして、普通じゃない人というのは、やはり困難な生き方をします。力があって、つまはじきにされるのならばともかく、大体の人は普通という基準に到達しておらず苦しむことでしょう。それは精神的経済的自立に影響を及ぼします。

特に経済的自立というのは、現状は、社会人という存在になれるかに関わっており、そこに到達するにはハードルが存在します。なお、単に雇われて働ければいいという考えであれば、アルバイトなんかは健常者からすればハードルが低い訳ですが、それでは社会人とは呼べないでしょう。現状として、アルバイトしている学生は社会人と呼ばれていないし、それだけで食えている訳でもないですので。いずれにせよ、雇用の前にあるもの、つまり、社会人になるためのハードルというのは非常に高いのです。

それでも、幸いなことに、非社会人であっても、活路は見いだせるようになりました。起業はしやすくなりましたし、Festivoのような起業家の互助コミュニティみたいなものも登場しています。イケダハヤト氏みたいなオンライン上でタレントのような活動をやって稼ぐというやり方もあります。また、地域活性化のために助成金が出ることもあり、田舎で一から人生をやり直すということもできなくはありません。これらは雇われ社会人の世界とは異なる独自経済圏ともいえるでしょう。良い意味で尖った人は、そういう世界にマッチングします。


ただ、本当に問題なのは、独自経済圏にすら入り込めない人達ということになるでしょう。障碍者、メンタルが弱い人、しょっちゅう休んで業務を停滞させる恐れのある人、トラブルを起こして所属団体の社会的地位を貶める可能性のある人、一柳良悟氏が提唱する「キモくて金のないオッサン」、ノースキルの人達なんかは、日本社会において、役に立ちづらい存在です。特に競争の激化、高度技術化が進んでいるこの社会情勢では、彼らに人件費を割いたり、彼らができるような仕事のための仕事を創造してくれるような余裕のある企業は少ないでしょう。

仮に余裕があっても、その余裕を創出するために死に物狂いで働いている人からすれば面白くはありません。仮に私が今、経営者であったとしたら、雇うのは相当躊躇するでしょうな。現在、障碍者枠で、無理やり大企業にねじ込ませるような国家的な動きはありますが、その実態として、雇った障碍者に振れる仕事が見つからずに放置してしまい、障碍者も居心地の悪さから辞めてしまうということが多発しています。一方で、とある企業の事例としては、コミュ障だと思われた人に、文章の執筆を依頼したところ、驚くべきパフォーマンスを発揮したということがありますが、くっそ忙しいマネジメント層が、そういった才覚を発掘するまで根気よく付き合っていかなければならないのか?という問題もあるでしょう。雇用は最大の社会福祉などと福祉側の視点からは見えるのですが、経済の現場では社会福祉を充実させたくて事業をやっている訳ではないのです。



だとするならば、普通じゃないたちは、経済世界に入り込まず、社会福祉漬けにするしかないのか?という問題もあります。また、今でこそ、普通の人扱いされて社会人をやっているものの、諸事情でレールから外れてしまった人に再起の可能性はないのか?ということもあります。おそらく、その答えの手がかりとなるのは、ダイバーシティ化(多様化)の風潮にあるのだと私は考えます。

ダイバーシティ化はこれまで日本男性で構成されてきた会社に女性や外国人などをメンバーとして迎え入れ、組織内に新たな風を吹かせようとする流れです。ぶっちゃけいうと仕事というのは、ツーカーでできた方が楽なので、ダイバーシティ化はとても面倒くさいです。ただ、それでも、わざわざその面倒くさいことに取り込むのは、社会的風潮に押されていることと、新しい発想やクリエイティビティに期待していることがあるのです。端的に言うならば、客層を広げるために、女性や外国人にも注目される企業に変わらなければならないという強迫観念ですな。サイボウズ社は、ダブルワークとかリモートワークなどの雇用の多様化を進めて超注目を浴びていますが、耳障りのいい言葉を理由にした社内改革には限界があります。あの会社はそういう仕事をしている人たちにウケるサービスを提供していることから、広告効果を織り込んでのことでしょう。

さて、私が思うに、普通じゃない人は今後、増えていくだろうと思います。何故ならば、新しく発見されるからです。心や脳の病気が近年騒がれていますが、一昔前は精神が軟弱の一言に片づけられ、社会的に認知されていないだけではなく、自分自身が病気持ちだとすら気が付いていない人も沢山いました。

医療の高度化、情報の流布の早さ、色々なことに配慮しなければならないという社会的風潮。これまで健常者としての仮面を被っていた人たちは、外部からの指摘や自身の気づきにより、その仮面が剥がれ落ちることになるでしょう。生まれる前から、ダウン症だとか分かって騒がれる昨今、DNA鑑定によって、この人は残念な遺伝的傾向を持っているというのも簡単に明文化されてしまいます。


普通じゃない人は金を持っていないことが多い為、現在は市場として注目されてはいません。しかし、そういう普通じゃない人が増えてくれば、市場も大きくなります。そうすると、普通じゃない人を顧客として取り込むにはどうすればいいかということで、普通じゃない人の雇用価値は高まってくるのではないでしょうか?


一億総中流の時代はとっくに終わりました。自分は普通じゃないと個々人が認める勇気を持つことが、今後の社会変革に繋がっていくのではないかと思います。多分、貴方は普通ではありません。