wasedasai2016


2016年の早稲田祭で、大隈塾白熱教室「ワタミ創業者渡邉美樹 vs 田原総一朗~若者よ、夢はあるか~」という非常に香ばしいタイトルの講義イベントがありました。その内容も下記のとおり。



「ワタミは本当にブラックなのか?」を皮切りに、「渡邉美樹の生き様」そして「夢とは何か、どう夢を叶えるのか」という話題にまでジャーナリスト田原総一朗が切り込む。 
~Facebookイベントページより引用~
 
 
・・・過労死問題が叫ばれる昨今、ど直球ですね。これ絶対面白いだろうということで、行ってきましたよ。会場は立ち見が出るほどの超満員でした。おそらく、「渡邉氏がワタミはブラック企業じゃない」と言い張り、田原氏がそこを鋭く突くといった期待があったのかもしれません。今回の記事は、その内容のレポートです。


田原氏、渡邉氏双方が揃ったところで、まずは田原氏が合いの手を入れつつ、渡邉氏の自己紹介が始まります。



10歳頃:母他界。父の会社倒産(正確には清算)し、億単位の借金返済生活。
貧乏から脱却するため起業を志す。
中学~大学:家庭教師のアルバイトを複数掛け持ちする苦学生となる。
卒業後1年目:ヤマトの4倍キツいとされる佐川で働き、1年で300万円の貯金をする。
卒業後2年目:4900万円の融資を受けて、つぼ八の店舗を買い取る。
26歳頃:年収が1億円になったが、自分のために使うのは後ろめたいと、社員に還元。
卒業後9年目:お好み焼き事業失敗、一人もリストラしないようにと居酒屋ワタミを始める。

店頭登録、上場、農業事業、教育事業などを経て、2013年自民党の参議院議員となる。


・・・。あれ!?この略歴を聞くと、渡邉氏がとても良い人のように感じてしまうのですけど。しかも、会場の受講生の心をばっちり掴んだのか、笑いまで取れています。

ここから、田原氏はワタミの労働問題に切り込んでいきます。それに対して、渡邉氏は自分がいかに従業員を大事にしているかを語ります。



・給与水準は他の居酒屋より高い。
・3年間病欠しても大丈夫のように保険をかけている。
・ただ、時間を金に換えるだけにならないように、成長を意識している。
・従業員が300人の時代までは、全社員と文通し、家族構成も覚えていた。
・2008年過労死問題が出るまでは書類送検は無く、是正勧告は1,2回のみだった。


???
ネットで出回っているテンプレ情報と齟齬は無いとはいえ、本人を前にして聞くと、ワタミってなんだか良い会社のように思えてきました。

それでも田原氏の鋭い突っ込みは続きます。ワタミの労働時間に関するひとつの争点は、課題図書の感想提出や自主的なボランティアの活動でした。これを残業に入れるとするならば、月100時間の残業を課していたことになるのです。この状況を田原氏が突き付けたところ、渡邉氏は・・・

「一人の女性(従業員)を幸せにできなかった」と当時についてブラックであることをあっさり認めました。


そして、最近労働組合ができたなど、労働条件改善に前向きの姿勢をアピール。いつの間にか、渡邉氏を悪者にして叩こうとするギラギラした雰囲気は会場から消えていました。

その後、田原氏は、国会議員になった後について叱咤していました。ワタミグループは、創業者が経営から離れ、ブラック問題が噴出した2年間、介護事業を売却しなければならない程の赤字に苦しみました。3年前に田原氏が渡邉氏に忠告していたことが現実化していたのです。最後は、国の財政が悪化している中、それでも若者は夢を持て、起業家精神でイノベーションを起こしていけと受講者を激励して幕を閉じました。

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私思うに、渡邉氏って、結構いい人のような気がします。彼の会社がブラック化したのは、急速な成長の後、組織体制の構築がうまくいかなかったからではないでしょうか?特に彼自らが目を光らせきれなくなってから、悲劇は起こりました。従業員300人以上の時代に起きた悲劇、議員になった後での赤字がそれを物語っています。

「365日24時間死ぬまで働け」という社内文書は有名ですが、彼の経歴から見れば、そのストイックさには納得のいくものがあります。そして、自分ができるのだから他の人にもできると、押し付けをするのも無理はありません。ただ、その無茶ぶりというのは、彼本人と近しい人間だからこそ通用するものです。

組織というのは、「10人・30人・100人・1000人」と人数が増えるにつれて、マネジメントの方式を刷新する必要があります。創業者の威光(英雄伝)をどのように下位に伝達するかというとき、大人数の組織になると制度化され、強制のようなものが発生してしまいます。そうなると逃げ場というものが無くなってしまうのです。良い意味での揺らぎを制度に設けるか、全従業員の近いところに育成しきったカリスマ人材を配置してモチベーションを維持させるか等やりようはあったのかもしれません。

まあ、「自分ができるのだから他の人にもできる」という考え方そのものが中々危険ではありますし、そもそも業務量(業務形態)に対して慢性的な人手不足というのも問題だったのでしょうけどもね。

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ちなみにこのイベントを主催してくれたのは、大隈塾。大隈塾とは、田原総一朗塾頭が中心となった、早稲田大学のリーダー育成プログラムです。それに参加している学生達は、やはり優秀そうで、20歳前後の若々しさがあるにも関わず、顔つきが20代後半のエリート社会人のように凛々しかったです。