ドキュメンタリ映画『加藤くんからのメッセージ』に登場する加藤志異氏。こちらの予告編でも分かる通り、彼は映画の中で「僕は妖怪になる!」「夢は叶う!」と基地外のように絶叫しています。



実のところ数年前にこの予告動画を見て、この映画及び彼の存在を知っていましたが、ここ1年、彼に2,3回遭遇する機会があり、映画本編の上映会に誘われたので、見に行ってきましたよ。本編をちゃんと見るのは私も今回が初めてでした。

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映画では、彼の長すぎる浪人時代、念願だった早稲田大学を退学してしまうなど絶望的な半生が結構シビアに描かれていました。そして、30過ぎに大学に復学した後、妖怪になるという夢を見つけるのです。その後の彼はワーキングプア生活を送りながら街中で「夢は叶う!」「妖怪になる!」と何度も絶叫しておりました。

本人はあくまでも「妖怪になる」つまり「自分はまだ人間だ」と主張していますし、監督も「人間としての加藤くんを撮った」と言っていましたが、見る人が見れば、彼はもはや妖怪じみている、都市伝説的な存在にすら感じるかもしれません。

この映画を見た多くの観客は、「妖怪になるとはどういうことなのか」、「何を根拠に夢は叶うと言い張るのか」、「妖怪になる夢の実現のために具体的にしている行動は、叫んでいるだけじゃないか」など彼の心境は最後まで理解できないかと思います。実際に、映画が終わった後、加藤氏がその場にいたので、そういった質問の手が上がりました。



ただ、正直なところ、おこがましいかもしれませんが私は何となく彼の生き方が分かるような気がします。というのも魔術師とかいう奇怪な肩書を自称する自分と共通点がとても多いのです。

前提としていうならば、もし彼が一度も浪人せずに志望大学に入学でき、そこで人間関係に大きく躓くことなく卒業し、さらにマスメディアかゲーム会社のクリエイティブ系に入社できていたならば、おそらく彼は「妖怪になりたい」と叫ばない人生を送ったことでしょう。

「妖怪になる」という絶妙な言い回しには、人並みの幸せがある人生をどこか諦めてしまったのと同時に、それでも社会の中の人間である幸せを望んでいるのです。それを叫ぶという形で表現していますが、加藤氏は決して頭が悪いわけでは無いので、叫ぶことが、女の子にモテるとか良いパフォーマーとして有名になるというのに直結しないことを、認識はしているとは思われます。

なお、叫ぶきっかけとしては、どん底というある種の不幸から始まったのですが、そのまま不幸な状態が続けば、人間としての幸福を諦める方向で妖怪になりたい。逆に結婚して子どもも順調に育って自分の書いた絵本が飛ぶように売れているのであれば、永遠の生の象徴である妖怪になりたいと、ロジック的に矛盾はありません。

また、叫ぶというのは自分の声が目立つということでもあり、認知されやすいということに繋がります。もし、不老長寿や錬金術の研究者が彼の存在を認知したら、妖怪になれる薬を彼にくれるかもしれません。他力本願に聞こえるかもしれませんが、妖怪や超常現象、スピリチュアルは、「自力や理屈で解決できない何かに基づくもの」なのです。「妖怪になる」と叫ぶことは、言霊信仰を別においても、案外理にかなっているのかもしれません。