昨晩、駅の敷地内で咳き込んでうずくまっている人を見かけました。程度があまりにも酷かったので、自分では手に負えないと思い、すぐさま駅員を呼んで対処してもらいました。自分で言うのも難ですが、他の人が見ぬふりをする中、駅員に知らせるぐらいは、私は他の人よりお節介というか良い人なのだと思います。

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こういうお節介な性格やボランティア活動やら、あとは悩み相談を受ける仕事をしているということやらで、私は弱い人の味方なのかと自問すると、意外かもしれませんが私はNOと自答します。どちらかというと、私の行動指針のひとつは「次世代リーダーを支え、盛り上げ、世の中を面白くする。」というものであり、強い人の方が好きです。

強い人の方が、圧倒的に多様性があり、面白く、一緒にいてポジティブな気持ちになれます。その逆に、弱い人と一緒にいると、辛いことの方が多いです。例えば、稼げない会社では、強く稼げる社員がいない状況なので、稼げない社員同士が集まって給料が低い状態に苦しむでしょう。

ただ、個人的な信条から言えば、強い人にすり寄っていくような行為が、とても嫌いです。一時的に調子が良いときだけすり寄って、調子が悪くなったら去っていくというのが、傍から見ていて物凄く虫唾が走ります。でも、それはとても効率的なやり方のひとつではあるので、それを許容できない私は不器用なのだとも思います。


では、弱い人の味方ではないのかと問われれば、それもまたNOと答えます。 「自分は弱く、弱い状態のままでいい」と思っている人だと、確かに私もパスです。タロットで占ったところで、そういう場合、大抵良くない結果しか出ませんし、解決策を提示しても受け入れないでしょう。私は、弱い人でも、もっと向上したいとか、現状を何とかしたいとか思うような人の力になりたいです。

ひょっとしたら、そういう想いのある人には「弱い人」という言い方は、上から目線の失礼な物言いかもしれません。弱い強いって、誰が決めるんでしょうかね?

また、人は強い部分と弱い部分が混在しています。たまたま、弱い部分が見えやすいだけかもしれませんし、見方や活かし方が変われば、世間から強く見られるように変わるかもしれません。逆に世間から強そうに見られているけど、内心は弱い人も沢山いますしね。