ぶらぶらしていると、遊びに来いよというお声がかかります。行ってきましたよ、東ティモールに。呼んでくれた人は、昔からの旅仲間ミヤ。大手コンサルに勤めていましたが、やりがいを見いだせなくなり、JICA(独立行政法人国際協力機構)が主催する青年海外協力隊に志願しました。今は東ティモールに派遣されて、観光客誘致をするためのコミュニティ開発に勤しんでいます。取材内容をまとめた動画を是非見ていただきたいのですが、忙しい方も多いと思いますので、今回は動画概要の紹介と補足説明をさせていただきます。

東ティモール


「東ティモールのアイデンティティ」約14分
東ティモール(2013年)の実情について、青年海外協力隊のミヤが解説します。


0.東ティモールの概要
東ティモールは、東経は那覇と同じぐらい、南緯8~10度にある国です。西に位置するインドネシアに占領されていた経緯があり、2002年に独立しました。国際法上では、インドネシアからではなくポルトガルから独立したことになっており、2か国の支配がアイデンティティの混乱に影響を及ぼしております。例えば、短期間での行政の交代により、土地の所有権が不明瞭となり、うかつに建物が建てられないのです。これにより法人が進出しづらく、産業が発展しないひとつの原因となっています。


1.ディリ市での暮らし(町の様子、一般民家訪問、食事)
首都ディリ市は人口15万人。独立運動時代は戦車が行きかう様子が報道されていましたが、今はいたって静かで平穏です。言語について一般人はテトゥン語を使います。テトゥン語は、アラビア語やポルトガル語にやや影響されている現地語で、文法そのものは単純です。赴任してそれほど経っていないミヤもすぐに習得でき、使いこなしています。宗教はポルトガルの影響もありカトリックです。名物料理は・・・インスタントラーメン。ただ、意外な食べ方をしています。


2.小売りから見る産業の実態(バザール、ショッピングモール)
バザールに行くと一目瞭然ですが、素朴で、商売っ気がほとんどありません。それに比べ、アジア各国に進出している中国資本は、この国にもショッピングモールを構えました。売られている物の多くは、多くは輸入品。輸入品の方が安いのです。日本も輸入品の方が安いですが、クオリティの高さは評価されています。一方で、東ティモールの場合は、輸入品の方がクオリティが高く、自国産は地元民でさえ買うのに躊躇しているのです。この悪循環が続くと、東ティモールはやがて自滅するでしょう。ミヤはこの国に派遣される前、ボランティアは先進国の考えの押し付けではないのかと悩んでおりました。しかしこの現実を目の当たりにした今は、ボランティアとしてコンサル介入することに意義を見出しています。


3.海辺の東ティモール(観光名所予定地)
きれいな海がある。キリスト像がある。観光地としての東ティモールの魅力はそれぐらいです。すぐ隣にはインドネシアのバリ島があり、ディリ市にフライトするにも、バリ=ディンパサール空港を経由します。普通の観光客ならバリ島に留まって遊ぶ方が楽しいでしょう。どうやって観光客誘致をするか、ミヤの課題は大きいのです。


4.東ティモールからのメッセージ(「東ティモールに生まれて」のゼキト氏)
独立運動に翻弄された青年ゼキト氏。日本人ジャーナリストの取材を受けて、彼の体験は本になっています。彼と接触することに成功しましたので、今後東ティモールに望むことを伺ってきました。