とある古本市のプロジェクトをお手伝いさせていただいております。
そのうちのミッションのひとつは、古本の入った段ボールの中身の仕分けです。例えば、売れそうな本は大雑把なジャンルごとに分け、残りは誰も買わないだろう本を廃棄の段ボールに、市に置くよりも古本屋に置いた方が良さそうな本を別の段ボールに入れるといった感じでしょうか。

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この作業をやっている間、幾つか仕分けのコツを掴みました。そのうちのひとつは、「最新」「動向」「時事」「WEBサービスやアプリの使い方」とか書かれている本は、すぐに古くなって売り物にならないということ。 多分、こういうタイトルをつけると、一時的にわっと売れやすいのでしょう。しかし、旬がすぎてしまうと、内容もかなり陳腐化してしまうし、古本屋も引き取ってはくれないようです。新しさを追い求めたものは、すぐに淘汰される世の無常を感じました。

逆に、すぐに淘汰されない本って、どんなものがあるのでしょう? 

それは、いわゆる古典というものが、歴史に名を遺したということになるでしょうか?古典は「The test of time(時の試練)」に打ち勝ってきて、今なお、文学史や各専門分の歴史に名を残しています。



"時の試練"とは、時間のもつ風化作用をくぐっているということである。風化作用は言い換えると、忘却にほかならない。古典は読者の忘却の層を潜り抜けたときに生まれる。作者自からが古典を創り出すことはできない。
~『思考の整理学』外山滋比古~

ここ20年で出版された本の中で、100年後の文学史に名を残しそうなものといったら、おそらく「ハリーポッター」が挙げられるでしょう。世界中をブームに巻き込み、一種の社会現象を起こしました。その他については、私も何が残るのかは今一つピンときません。文学系は、新しい漫画やライトノベルが続々と出版されていますし、実用書も、各研究分野の論文もわんさか執筆されていきます。

少し興味深いと思うのは、インターネット上の文章は時の試練に耐えられるのかという疑問もあります。「オマエモナー」とか10年前に流行った書き方ですが、今は大分廃れてきました。

いずれにせよ、外山氏のいうとおり、今だけに着目すると時の試練を経て、古典や伝説にはなれないのです。古本屋にも売れない本の束を見ながら、そんなことを考えていました。