モンゴルでは、初夏になるとナーダムと呼ばれる競馬大会が各地で開かれます。勝者には、多額の賞金が支払われます。その賞金を求めて、多くの馬主は必死です。もちろん、賞金というだけあって、敗者にはこれが支払われません。ここで興味深いのは、ナーダム参加者というのは、全員が全員、「賞金は自分のものだ」と強く認識しているということです。

疾走
 

確かに、参加者のレベルは皆高く、誰が勝ってもおかしくない状況のため、「賞金が自分のものになる可能性がある」のは事実です。しかし、彼らのスタンスは、獲得した気になっているのであり、獲得できない方が異常と感じています。

そして、その賞金の凄さに目が眩んでいる為、日常生活で地道に稼いでいくというモチベーションが低くなります。基本的にまったりと遊牧生活を送っている為、お金があまり無くても生きていくこと自体は可能です。これを日本の生活に例えるなら、「家庭菜園では自分の食う分の食糧が勝手に生えるし、時々宝くじで100万円当たるので、それらを宛てにして喰っちゃ寝生活を送っている」とでもいいましょうか。

ただ、それを怠け者だと断じるのも少し違います。モンゴル族というのは、もともと戦闘民族です。農耕民族が豊かにした土地を戦闘によって征服して富を得ますし、自分達の本来の拠点は寒いので農作物は期待できず努力して何かを作るにも限界があります。


時々のラッキーパンチで生きるというのは日本人から見れば、理解しがたい感覚かもしれません。ただ、日本人の多くの場合、現実的というか「私は多分、勝てない」というのを必要以上に自覚しているようにも思えます。だからこそ、地道な作業も厭わない性格なのかもしれません。もし、異文化交流に意味があるとするならば、モンゴル人は日本人に地道さを学び、日本人はモンゴル人の強欲さを学ぶべきなのでしょう。