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フィリピン留学最終月に受けたTOEICが思わしくなく、自らがグローバルリーダーになる道を絶たれてしまいました。そのため、次に何をするか目標を変更せざるを得なかったのです。思えば、ここから運命の歯車は狂い始めます。

新たに据えた目標は、グローバルの反対のドメスティックなリーダーとなること。つまり国内でリーダー的存在となり、また次世代リーダーを自分に関わった人の中から排出できるような仕事をしたいと考えました。何故、リーダーという言葉にこだわるかというと、3つの理由があります。


【1】中華系組織と日系組織を比較した時、前者の求心力は凄まじいものがありました。この求心力の原因は意思決定者の強さであると、痛感していました。例えば、北京では年に数本、新しい地下鉄が開通しています。おそらく、日本で同じようなことをすれば住民の意見を調整するなど、面倒くさい手続きによって一向に進みません。中国のリーダー(中国共産党)は、確かに強引で沢山の人から恨まれていますし、私も好きではありません。しかし、恨まれるリスクを呑みこんで、結果はきちんと出しているのです。そのリーダーシップだけは評価に値するものだと考えます。

【2】2つ目の理由は前職における後悔です。前職で私の評価を一番下げたと思われることは、自分が関わった新規事業が失敗したことです。その失敗は、日本人の事業責任者が日和見すぎて、リーダーシップが明らかに取れていないことに起因していました。私は何度もアラートを出したものの、責任者を良い方向に説得することができませんでした。

【3】3つ目の理由は、被災地にボランティアに行った経験から、日本は新しいリーダー達の誕生によって、生まれ変わるのではないかと期待を抱いたことです。東日本大震災によって、日本は誰が見ても明らかな危機に見舞われました。そこで沢山の人が自ら立ち上がり、非営利団体やNPOを興して、日本を良くしようと動きました。私は、2011年の冬から中国に住み始めましたが、中国共産党に制限されているfacebookを何とか使い、遠くからずっとその様子を見ていました。また、そのうちのボランティア仲間の一人が政治家になりました。色んな人が立ち上がっていき、新生する日本。私はそれを見たいし、その流れに貢献したいと思ったのです。

南三陸町2011.5


そして、帰国し、転職活動を開始します。

リクナビNEXTに登録し、70通を超えるプライベートオファーを転職エージェントから貰い、数社のエージェントと面談をした結果、リーダー輩出に関わる求人は、大まかに2つであることが分かりました。

『転職エージェント』
日本の人事部として、人材を適材適所に配置し、リーダーが生まれやすくなる環境を作れる

『起業や組織幹部を目指す人の私塾』
経営学など知識を学んでもらい、マインドを磨いてもらう事で、リーダーを育成する


前職では法人の人材育成事業の仕事もしていたので親和性は良く、エージェントも快い返事で、面接の手配を進めてくれました。私はこれはと思う組織には片っ端から応募しました。

書類選考は良く通るのですが、私の「リーダー」に対する想いは、感情論も混じっているので、面接で説明するのは中々難しかったです。またビジョンは共感できても、企業が求めるスキルと食い違いがあることも多く、面接は一進一退の状況でした。

転職活動を始めて1か月が過ぎた頃、リクルートキャリアの最終面接に落ちました。それ以来転職活動に対するモチベーションはがた落ちします。面接に行く日になると体が震え、足取りも文字通り重く感じるようになりました。もし医者に行ったら軽度の鬱と言われたかもしれません。そんな状況だと面接は通らなくなります。酷い時には、面接開始3分で「何か質問はございませんか?」と言われる始末です。40社近く落ちた時点で、日本の未来どころか、自分すら見失った廃人となってしまいました。

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