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赴任を解かれた後、何故自分の金で中国に戻ったか
退職前に、非会社社会に生きる人との再会の旅。東ティモールへ

1年前の今日、私はフィリピンへ英語の語学留学に出発しました。

なぜフィリピン留学をしようと思ったのか少し説明しましょう。話は2年前の北京駐在時代にさかのぼります。私は、それまで、中国には観光で何度か来ていましたが、中国語を全く分からないまま、放り込まれました。英語について、私は元々トラベラー英語ぐらいしかできませんでしたが、仮に流暢に使えたとしても、中国では英語はほとんど役に立たないのが実情です。会社には日本語から中国語に通訳してくれる方がいましたので、業務そのものはこなせました。しかし、部長とはいえ、ベンチャー企業所属の私には、大企業の部長のように、プライベートを世話してくれる、お抱え運転手みたいな人はいません。一歩オフィスの外に出ると誰も助けてくれない世界です。毎日の外出が冒険と言ってよいほど大変でした。とはいえ、いつまでもそのような状態はまずいと思い、業務の合間を縫い、自腹で中国語教室に通い始めました。

時々、北京の日本人コミュニティに顔を出しました。社会人としては私は最年少であることが多いのですが、当時の私より少し年上(30前後)の大企業社員もいました。彼らのほとんどは、半年間ぐらい会社から語学留学してくるように言われた身分でした。会社の金で海外に行って、純粋に勉強だけしていればいいということ。私は、それが羨ましくて羨ましくてしょうがなかったのです。会社を辞めたら、どんな言語でもいいので、絶対に語学留学に行ってやる。そして、語学堪能になったら、もっと待遇のいい会社に入社して、沢山金を稼ぎ、グローバルリーダーを目指す。本気でそう考えていました。

そのようなことを考えているとき、偶然、「ちきりんのブログ」を読みました。そのブログには、フィリピン留学のことが書かれておりました。このときから、フィリピンに行こうと既に決めたのです。


フィリピン留学は、正直なところ、人生で一番楽しかった日々でした。好きなだけ勉強ができます。校内を歩き回れば、どこかしらに学友がおり、孤独だった北京時代とは大違いです。また何より、英語を習得したら輝ける未来が待っていると思っていました。 


しかし、結果的にいうと、私のフィリピン留学は失敗でした。


4か月毎日10時間以上勉強し続けた甲斐あって、TOEICの点数は100点以上伸びました。けれども、目標すなわち一流企業が要求する点数には到達しなかったのです。 TOEICだけが英語の全てじゃないということもありますが、洋画を見ても字幕なしでは3割ぐらいしか言っていることが分かりません。グロービッシュは理解できるようになったので、英語を母語としない人とのやり取りは、問題ないのですが、ネイティブの人が何言っているのかよく分からないのです。

フィリピン留学に行って、見聞が広がりました。学友も沢山できました。中国でため込んだ脂肪も燃焼しました。でも、目標は達成しませんでした。これをどう見るか?私も企業もこれを失敗と見なします。入社試験に活かせなかった英語は、今のところ、フィリピン人やインド人とチャットをするとき以外、活かせていないのが現状です。


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